【30秒でわかるこの記事のまとめ】
- 能登半島地震で全てを失った楠健二さんが川崎市で「わじまんま」を再開
- 亡き妻と娘への想いを胸に、輪島の味と食材を提供し続けている
- 「再スタートではなく、あの日から繋がっている」という言葉の重み
- 店を訪れて食べることが、楠さんと能登への最大の応援になる
NHKのドキュメンタリー番組「Dearにっぽん」で取り上げられた、一人の料理人の物語が涙と感動を呼んでいます。主人公は、石川県輪島市出身の楠健二さん。2024年1月の能登半島地震で故郷の店と最愛の家族を失いながらも、神奈川県川崎市で居酒屋「わじまんま」を再開させました。悲しみの中にありながら、前を向き、能登の味を伝え続ける楠さんの姿は、私たちに「生きること」の意味を問いかけます。ここでは、番組で描かれた楠さんの壮絶な体験と、川崎の店に込められた想い、そして私たちができる応援の形について詳しくご紹介します。
この記事でわかること
- 能登半島地震で全てを失った楠健二さんが川崎で店を再開するまでの軌跡
- 亡き妻と娘への想いを胸に厨房に立つ楠さんの現在の心境
- 川崎市にある居酒屋「わじまんま」で提供される能登の料理と地酒
- 来店することが最大の支援になる、復興への具体的なアクション
悲しみを乗り越えるのではなく、悲しみと共に生きる。そんな楠さんの強さと優しさに触れてください。
Dearにっぽんの楠健二と川崎のわじまんま
ここでは、楠さんが地震に遭うまでの経緯と、なぜ川崎で再出発することを選んだのか、その背景にあるストーリーを紐解きます。
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能登半島地震で輪島の店と家族を失った悲劇
2024年1月1日。新しい年の始まりを祝うはずだったその日、能登半島を未曾有の大地震が襲いました。輪島市で人気の居酒屋を営んでいた楠健二さんは、この地震で店兼自宅の建物を倒壊により失いました。
しかし、失ったのは建物だけではありませんでした。一緒に店を切り盛りしていた最愛の妻と、将来を期待していた長女が、瓦礫の下で帰らぬ人となったのです。一瞬にして日常、仕事、そして家族を奪われた楠さんの絶望は、想像を絶するものです。番組で語られた「助けてあげられなかった」という後悔の言葉は、視聴者の胸を深くえぐりました。生き残ったことへの罪悪感、サバイバーズギルトに苛まれながらも、楠さんは避難所での生活を余儀なくされました。
避難生活を経て川崎市で再起を決意した理由
避難生活が続く中、楠さんの心を動かしたのは、かつての常連客や友人たちの励ましでした。そして何より、「料理人として生きていくしかない」という自身のアイデンティティでした。
実は楠さんにとって、川崎はかつて住んでいたことのある「第二の故郷」とも呼べる場所でした。輪島での再開はインフラの復旧状況から見てすぐには難しい。ならば、縁のある川崎で、もう一度包丁を握ろう。そう決意したのです。それは決して悲しみを忘れるためではなく、亡き妻と娘が生きた証を、料理を通して残していくための決断だったように思います。
2024年6月に居酒屋わじまんまを再開した経緯
決意からわずか数ヶ月後の2024年6月、楠さんは川崎市川崎区砂子(いさご)の地に、居酒屋「わじまんま」をオープンさせました。店名には「輪島のまんま(ごはん)」という意味と、「輪島のままでありたい」という想いが込められているのかもしれません。
開店準備には、川崎の友人や支援者たちが協力してくれました。看板や内装、食器の一つ一つに、多くの人の「楠さんを応援したい」という気持ちが詰まっています。再び自分の城を持てたこと、そしてお客さんに料理を提供できること。オープン初日、厨房に立った楠さんの表情には、緊張と共に、久しぶりの安らぎが浮かんでいるように見えました。
亡き妻と娘への想いを胸に立つカウンター
「わじまんま」のカウンターの中には、楠さんと共に、亡き妻と娘の写真が飾られています。楠さんは調理の合間に、ふと写真に目をやります。「今日も頑張るよ」「見ててくれよ」。心の中でそう語りかけているのでしょう。
楠さんが作る料理の味付けは、妻と一緒に作り上げた輪島の店の味そのものです。妻はもう隣にはいませんが、その味の中に、そして楠さんの手の中に、彼女は確かに生きています。お客さんが「美味しい」と言ってくれること、それが天国の二人への一番の供養になると、楠さんは信じているのです。
Dearにっぽんで伝えた輪島への変わらぬ想い
ここでは、「わじまんま」で提供されているメニューや、楠さんが抱く輪島への想い、そして私たちが店を訪れる意義について解説します。
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輪島の食材と地酒を提供し続ける復興への願い
川崎に店を構えながらも、「わじまんま」の主役は能登・輪島の食材です。可能な限り現地の生産者から食材を仕入れ、復興を支援しています。新鮮な魚介類、能登の塩、そして輪島の地酒。
「ここで輪島のものを食べてもらって、いつか輪島に行ってもらえれば」。楠さんはそう語ります。店は川崎にあっても、心は常に輪島と共にあります。東京や神奈川の人々に能登の魅力を知ってもらうアンテナショップのような役割も果たしており、食を通じた復興支援の最前線基地となっているのです。
再スタートではなくあの日から繋がっている日々
番組の中で印象的だったのは、楠さんの「再スタートではない、ずっとあの日から繋がっている」という言葉でした。多くの人は「心機一転」「リスタート」と言いがちですが、楠さんにとって震災前の日々も、震災当日の悲劇も、そして今の川崎での生活も、全てが分かち難く連続している人生の一部なのです。
悲しみを切り離して前に進むのではなく、悲しみを抱きしめたまま歩む。その姿勢は、私たちに「喪失」との向き合い方を教えてくれました。無理に元気にならなくてもいい、ただ今日一日を懸命に生きる。その積み重ねが、いつか希望に変わるのだと。
常連客や地域の人々に支えられている現在の様子
現在、「わじまんま」は連日多くの客で賑わっています。楠さんの料理のファンはもちろん、番組を見て応援に駆けつけた人、そして近所の常連さんたちが、温かい空間を作り出しています。
「おかえり」「ただいま」。そんな会話が飛び交う店内は、楠さんにとって新しい「家族」のような場所になりつつあります。独りではないこと、支えてくれる人がいること。それが楠さんの生きる力になっています。
店を訪れることでできる能登への支援の形
私たち視聴者にできる最大の支援は、実際に「わじまんま」を訪れ、楠さんの料理を食べ、お酒を飲むことです。それが楠さんの生活を支え、ひいては仕入れ先である能登の生産者を支えることになります。
特別な言葉をかける必要はありません。「美味しかったです」「ごちそうさま」。その一言だけで十分です。美味しく食べて、楽しく飲む。それが一番の応援です。川崎近郊の方はもちろん、遠方の方も機会があればぜひ足を運んでみてください。
【店舗情報】居酒屋 わじまんま
住所:神奈川県川崎市川崎区砂子(詳細は地図アプリ等でご確認ください)
※個人経営のお店ですので、訪問の際は予約や営業時間の確認をおすすめします。
Dearにっぽん楠健二わじまんまのまとめ
「Dearにっぽん」が伝えたのは、絶望の淵から立ち上がった一人の料理人の、静かですが力強い物語でした。楠健二さんの「わじまんま」は、単なる飲食店ではなく、能登と川崎、そして天国の家族を繋ぐ奇跡の場所です。
美味しい料理と、楠さんの笑顔に会いに、ぜひ川崎へ出かけてみませんか?あなたの一杯が、能登の未来を照らす灯りになるはずです。
